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上野公園の迷子

母と娘が迷子になった。

こうなる予感はしていた。まず、母が携帯電話を家に忘れた。それから、動物園に入ってすぐに娘が一度迷子になった。最初にパンダを見たいね、と言いながら入園した私達だったが、入るなり見えたパンダ舎の行列と「50分待ち」の看板にパンダは諦め、それじゃあこっちの鳥から見ようか、と言いながら後ろを歩く母と子供達の方を振り返ると、娘がいない。息子をパンダの像の前に残して母と二手に分かれて探しながら途中にある迷子センターに駆け込んだところ、娘はそこにいた。ああよかった、一人で勝手にどこかに行っちゃダメだよ。ちょっとお母さん、子供達から目を離さないで。二人を同時に見なくてもいいから、一人からは絶対に目を離さないで。とくにユミからは。

そして、桜の時期の上野公園は混んでいる。春休み中の土日だから余計に混んでいて、これは迷子になるかもしれないと思っていたのだ。
思っていたのであったが。

モノレールに乗るにも並び、疲れきっていた私達はどうにか動物を見終わり、そろそろ帰ろうか、ということになった。JRの上野駅に行くには動物園の池之端門から弁天門まで戻らなくてはならない。私達はのろのろと歩き始めた。人混みにのまれて私と息子、母と娘の二手に分かれ、じゃあ出口に集合ね、と叫んだ私と息子はどうにか出口にたどり着いたものの、いくら待っても母と娘が来ない。ただの鉄格子のような門の周りには母と娘の姿は見えないし、門のそばに立っている係員も、それらしい女性と子供は見ていないと言う。
これは行き違いになったかと、今通ってきた道を母達と別れた場所まで戻ってみるがいない。周りを見回しながらまた門まで戻ってみるが、その道にもやはりいない。
もう迷子として届けるしかないと思い、係員に聞くと迷子センターは池之端門にあり、そこに直接行って手続きしなければならないという。疲れたという息子を励ましながらまた戻る。迷子。母が迷子なのか娘が迷子なのか、私が迷子なのか。

と、気付くと母と娘がトイレの前に立っている。もう、探したよ。だってユミが急にトイレに行くって言って走り出しちゃったから。もう、門まで来てよ。だってどっちの門に行ったらいいかわからなくなっちゃったから。
まだ何か言いたそうな母を無視して私は娘を抱き上げ、息子の手を取り、花見客でごった返す中を駅に向かってずんずん歩き始める。よほど疲れたのか、抱き上げてすぐに眠り始めた娘の体は重いので私の足は遅れて、母に追い越される。右、左、右、左。足を運びながら私は前を行く母の背中を見る。疲れていて精一杯の母の背中、私が中学の時に使っていたリュックを背負っている母の背中、私が思っていたより小さく見える母の背中は、少し曲がってきているような気がする。