2分の1成人式とかいう

今日、小学校で息子の学年の2分の1成人式がありまして。

さっき終わったんですが、終わるなりわーっ!と駆け出したくなっちゃいまして。それで車をしばらく走らせた先の喫茶店でこれを書いています。

本当は、2分の1成人式の後に今年度最後の保護者会がありますけど。「一年間を通しての感想」なんて昨年のトラウマだし。保護者会の資料は2分の1成人式の受付で既にもらっていたし。体育館から教室に向かう保護者の列から抜け出して、帰っちゃいました。

 

まず、私と息子は2年前にこの小学校で「生い立ち授業」も経験しているわけです。

生い立ち授業とか - 見て見て!書いたよ!

 これらの行事がフツーに行われてるってことは、まあフツーの小学校です。

「僕たちはー」「私たちはー」「こんな風に育てられましたー」みたいな感じで語られる育てられ方が、良き親の姿過ぎる気はしたな。それを聞いて心を痛めていた子はいないと思いたい、けど。

 

私がなぜ駆け出したくなったかというと、「とにかく驚いた」から。それは「感動」とはまた違っていて、良い意味でも悪い意味でも「驚き」の方向だけに感情が揺さぶられた。

今の息子の、外に向けた姿というものが見られたから。

全員が将来の夢の発表をしたのですが、「今の息子にとって、人に見せたい自分というものはこれなんだな」ということがわかった。あと、各自が自由に作成(思い出を書いても将来の夢を書いてもよい)した作成物を見て「これが表現したいことで、それを表すのがこの形なんだな」ということがわかった。なんかね…名前の由来とか私に聞かず推測で書いちゃってるんですけど。「推測で書いちゃうのかー」と思った。詳しい内容は知らなかったけど、数日前に「もう書いたんだけど、俺の名前の由来ってこうだったよね?」と聞かれていて。違っていたので訂正して、「一般的にはそうかもしれないけど私とお父さんはこう思ってつけたよ。聞いてくれれば答えるから聞いてほしかったよ」という話はしたんだけど。これが、悪い意味での驚き。

 

なんていうか…感動していた人もたくさんいたけど、そういう人の子は作成物もしっかり作られており、将来の夢が親の理想と一致しているのだ。それは、親としては嬉しいと思う。クラスの中の割合としては、そんなご家庭が多いけど。ウチは以下略ー。

歌とかダンスとかは、運動会とか音楽会とかで「この子たちはこれだけのことができるんだ」ということがわかっていたし。生い立ち授業と同じで、別に怖いものでもなかったけど、大々的にやるものでもない気はしたな。

親が手紙書くとかはなかったのでそれは良かった。