『村上さんのところ』を読んで思い出す『アンダーグラウンド』とか『国境の南、太陽の西』
この夏はずっと『村上さんのところ コンプリート版』を読んでいました。
寄せられたメールが3万7465通、コンプリート版に返事が載っているのが3716通。通常書籍版は473通。
すごいボリュームです。一応一通り読みましたが、全ての内容を覚えておくのは無理です。電子書籍だから付箋も目立たないし、どんどん忘れていく。でも、また読んだときに新鮮な気持ちで読めそうだからある意味お得だ。
新潮社のサイト。書籍版、コンプリート版のイメージが見られます。
書店に書籍版が置いてあったので書籍版の中身も見たのですが、個人的にはコンプリート版が絶対におすすめです。
内容を取捨選択し、前後を入れ替え、重複した部分を削り、文節をくっつけたり離したりして、ある程度読みやすい文章として整理し、しかるべき長さの原稿にまとめた。
(『アンダーグラウンド』「はじめに」より)
っていうか『アンダーグラウンド』を久々に読み返してみたんだけど、すごくいい!村上春樹の事件への向き合い方が「はじめに」と最終章である「目じるしのない悪夢」にしっかりとまとめられていて、それがとてもまともで、今回の『村上さんのところ』で村上春樹が語る地下鉄サリン事件(あるいは「悪」)に対しての考え方と変わっていないことに驚いた。
私が『アンダーグラウンド』を買って読んだ頃は大学生で、通勤時間帯の地下鉄について具体的にイメージできなかったんだけど、社会人になって、地下鉄も使って都内に通勤していた経験を経て読み返すとその悲惨さがよくわかる。語られる被害の状況の酷さにも改めて驚いた。酷すぎて、記憶に蓋をしていたのかもしれないけど。
ともかく、掲載日順に読むことによってリアルタイムな盛り上がりを感じられることと、引っ張られずに読めることどちらを取るかと言われると、私は後者を取ります。また、自分の読みたいテーマから読んでいくことによって、「今、自分は何が一番気になっているのか?」を再発見できたことも良かったです。ちなみに私は「男と女はむずかしい(結婚・離婚・夫婦・不倫)」「家族のモンダイ(親子)」「ドライブ・マイ・カー(クルマの話)」を先に読んだ後、最初のテーマから順番に読んでいきました。読んでいる途中で「これはちょっと読み続けられないな」と思って飛ばしたテーマは「好きな人がいます(恋愛)」だけです。
やっぱり、夫の不倫が原因で離婚して、子供がいて、10年間ペーパードライバーだったのに今は自動車通勤をしていますからね。そして恋愛についてのお悩み相談なんてとても読む気になりませんからね。面白いねー。
それから「テーマ別」に読んで、村上春樹の、まるでバッティングマシーンのようにぶれない回答のすごさを再認識しました。例えば「不倫について」は何度か質問が来るのですが、村上春樹は毎回同じように答えています。このような一貫ぶりをまとめて見ることができたので「テーマ別」は良いと思ったし、その正確さによって村上春樹は回答者として信頼されているのだなと思いました。
自分が不倫をされた側であるということを差し引いても、この作品における「不倫」というテーマはおさまりが悪く思えました。村上春樹が物語の装置あるいは主人公への試練として与えるような、そんな大層なものにはなりえないというか、装置としてみるなら「性描写」(これも私は苦手だけれども)のようにはうまくいっていないというか。そしてあの結末は、村上春樹が女性ファンに恨まれないためにああなったんじゃないの?と下世話なことを考えてしまいます。
でも『村上さんのところ』を読むとこの作品が好きだという人が複数いて驚いています。人それぞれですね。
それから『村上さんのところ』では質問に対して答えていない回答が多いことに驚きました。質問文には「まず本題の質問があって」「その後に村上春樹本人に対する余談や、別な質問が紛れ込んでくる」ものが結構あるのですが、その場合村上春樹は余談の方は結構ばっさりと切り捨てているんですよね(たまに逆のパターンで、余談の方にしか答えていない場合もあります)。切り捨てている方の質問は個人的な内容が多かったので、そのバランス感覚はさすがだと思いました。そうか、答えたくない質問には答えなくていいのか。
そうそう、書籍版の良いところは、挿絵が多いところ。上の新潮社のサイトの書籍版のイメージにも一コママンガがあります。コンプリート版でも読みたかったなー。
これからも何度も読み返す本になると思います。
将来は、シングルマザーである質問者(「離婚した元夫が許せない」あるいは「黒猫がいればいいですね」など)に村上春樹が回答した通り、猫を飼ってみたいなと本気で思い始めています。別に気の良い黒猫でなくても良いから。
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の図書館の女の子に憧れて司書の資格を取った村上主義者としては、それもありではないかと思えるのです。