2分の1成人式とかいう

今日、小学校で息子の学年の2分の1成人式がありまして。

さっき終わったんですが、終わるなりわーっ!と駆け出したくなっちゃいまして。それで車をしばらく走らせた先の喫茶店でこれを書いています。

本当は、2分の1成人式の後に今年度最後の保護者会がありますけど。「一年間を通しての感想」なんて昨年のトラウマだし。保護者会の資料は2分の1成人式の受付で既にもらっていたし。体育館から教室に向かう保護者の列から抜け出して、帰っちゃいました。

 

まず、私と息子は2年前にこの小学校で「生い立ち授業」も経験しているわけです。

生い立ち授業とか - 見て見て!書いたよ!

 これらの行事がフツーに行われてるってことは、まあフツーの小学校です。

「僕たちはー」「私たちはー」「こんな風に育てられましたー」みたいな感じで語られる育てられ方が、良き親の姿過ぎる気はしたな。それを聞いて心を痛めていた子はいないと思いたい、けど。

 

私がなぜ駆け出したくなったかというと、「とにかく驚いた」から。それは「感動」とはまた違っていて、良い意味でも悪い意味でも「驚き」の方向だけに感情が揺さぶられた。

今の息子の、外に向けた姿というものが見られたから。

全員が将来の夢の発表をしたのですが、「今の息子にとって、人に見せたい自分というものはこれなんだな」ということがわかった。あと、各自が自由に作成(思い出を書いても将来の夢を書いてもよい)した作成物を見て「これが表現したいことで、それを表すのがこの形なんだな」ということがわかった。なんかね…名前の由来とか私に聞かず推測で書いちゃってるんですけど。「推測で書いちゃうのかー」と思った。詳しい内容は知らなかったけど、数日前に「もう書いたんだけど、俺の名前の由来ってこうだったよね?」と聞かれていて。違っていたので訂正して、「一般的にはそうかもしれないけど私とお父さんはこう思ってつけたよ。聞いてくれれば答えるから聞いてほしかったよ」という話はしたんだけど。これが、悪い意味での驚き。

 

なんていうか…感動していた人もたくさんいたけど、そういう人の子は作成物もしっかり作られており、将来の夢が親の理想と一致しているのだ。それは、親としては嬉しいと思う。クラスの中の割合としては、そんなご家庭が多いけど。ウチは以下略ー。

歌とかダンスとかは、運動会とか音楽会とかで「この子たちはこれだけのことができるんだ」ということがわかっていたし。生い立ち授業と同じで、別に怖いものでもなかったけど、大々的にやるものでもない気はしたな。

親が手紙書くとかはなかったのでそれは良かった。

2018年明けましておめでとうございます

お久しぶりです。

 

いろいろと書きたいこともあったのですがなかなか書けないまま2017年が終わってしまいました。元気です。ハマったものなど思い出しながら2017年を振り返ろうと思います。

 

dnnn.hatenablog.com

こんな感じに2017年が明けたんだった。元旦早朝の用事というのは…あまり詳しくは語りたくないのですが、息子がある武道をやっていまして。それで昨年は元旦早朝から稽古があったので、家族全員、年が明ける前に寝ていました。

しかし今年は稽古がなかったので年越しを楽しめた!

といっても31日の日中に用事があったのでバタバタでしたが。

帰ってきたのが夜の7時過ぎだったので、まず先に年越しそばを食べてお腹を満たし、その後に夕食作り。夕食は『おぎやはぎのメガネびいき』で小木が「小木家は大晦日にすき焼きを食べる」と言っていたのを真似してすき焼き。その後、特に見たいテレビもなかったので録画していた『正解は一年後』を見て、紅白をつけてみたら氷川きよしが出ていたので「おはスタのチキチキモーの人だよ!」と子供たちに勧めて見始めたら氷川きよしは歌が上手いので子供達も盛り上がっていました。その勢いでゆく年くる年。同時に11時半からオールナイトニッポン三四郎の年越し初笑いスペシャルだったのでLINE LIVEで見ていました。

三四郎の漫才を見ながら年が明けました。

 

三四郎オールナイトニッポン0は、9月ごろにふと思い立って聞いてみたら小宮がダイハツのCMで高畑充希と共演したことを自慢していて、その不遜さがすごく面白かったのでその後も続けて聞いています。

そう、2017年は前にも増してラジオを聞いた年だった。車での通勤中に『生活は踊る』『たまむすび』と深夜ラジオを気分によって聞き分けています。欠かさず聞いているのは三四郎だけだけど。

まだ お笑いラジオの時間 (綜合ムック)

まだ お笑いラジオの時間 (綜合ムック)

 

  

テレビは、今私が一番好きなテレビ番組は『イッテンモノ』 なのですが。千鳥とサンドウィッチマン三四郎(オープニング表示順)。この三組を他の番組でも追いかけているかなー。

 あとは『カルテット』と『ひよっこ』と『やすらぎの郷』!3月の『最高の離婚』再放送!『カルテット』と『最高の離婚』は、息子といろいろ議論しながら見ました。

dnnn.hatenablog.com

 

音楽はサチモスとにかくサチモス。昨年の正月の『ゴッドタン』でバカリズムのマジ歌がサチモスの「STAY TUNE」のPV風で、それを見てサチモスのかっこよさを再認識して聞き始めました。アルバムも買ったよ。 

THE KIDS(通常盤)

THE KIDS(通常盤)

 

  息子の習い事の送迎の車中でよく聞いていました。平日の夕方に行っている方は市の外れまで行くのですが、工場地帯を抜けるとき、冬の夜にサチモスがぴったりきていました。

今は…息子は、下の記事を書いたときと習い事は変わっていません。娘は辞めたり新しく始めたりで、今思うと一年の間で結構変化があったなあ。まあ幼稚園から小学生になったしね。どの習い事も、送りはファミサポさんに大変助けられております。

dnnn.hatenablog.com 

あと音楽といえばDJ JINの『Music Journey』シリーズ。2017年に発売されたのは『#02』なんだけど、『#02』発売前に、前の年に買ったけどあまり聞いていなかった『#01』をじっくり聞いてみたらとても良かったので『#01』ばかり聞いていました。

ミュージック・ジャーニー-クラシックス・クロスオーバー-mixed by DJ JIN

ミュージック・ジャーニー-クラシックス・クロスオーバー-mixed by DJ JIN

 

 『Music Journey』シリーズをきっかけに買ったCDもあって、『#01』からはAzymuthのOutubro、『#02』からはEddie KendricksのUltimate Collectionを買いました。こういうのが好きなんです!

 

音楽とかラジオをよく聞くようになったのは、コレを買ったことが大きいかも。ソニーのポータブルスピーカー。音悪くないですよ。っていうかウチの車の貧弱なオーディオと比べると格段に良いです。充電も長持ち。コレで移動中にスマホとかiPodとかの音をBluetoothで聞くのだ。

 

えーと2017年通しては、息子の状況はこの記事を書いたときとそんなに変わっていないですね。

dnnn.hatenablog.com

 淡々と通級に通っております(きつい)。

自治会の役員もやっています(きつい)。団地班の取りまとめ役なんだけど、団地なので高齢の方が亡くなったり、外国人の方が引っ越してきたりします。ある棟の役員の方が急に入院して連絡が取れなくなったりもします。その度にいろいろ動くのですが、私が一年を通して学んだのは「まず、電話で人に聞く!」ということですね。時と場所を選ばずに連絡が取れるなんて、電話って本当に便利(子ども会と違って自治会はメールとかLINEの世界ではないのだ)!電話で役員を乗り切ります!

 

2018年は…上の記事にある「知りもしない話だな」の判断を早くできるようにすることと、『イッテンモノ』の感想を毎週Twitterに書き続けることです。

今年もこのブログをよろしくお願いします。また、何か書きます。

叫び出したいような!

8月の後半に実家に帰っていたのだが、最近は実家といっても自分の実家ではなくて母の実家に行っているのである。実家がキライなのもあるけど、母の実家には祖母が一人で住んでいて母も週の半分はそちらに行っているので、そっちに来いと言われるし。ということで何日か滞在していました。新潟県の三条なんだが、最近は市長効果なのかスノーピーク効果なのか三条のオシャレ化がすごくて、最近できた道の駅保内に行ってきたんだけどオシャレすぎてトイレの男女表記がわかりづらく、トイレ入った手洗いスペースのオシャレな天井近くの壁に大きな字で「女性用」とか貼り紙がしてあるのに笑ってしまいました。どうせならトイレ入る前の壁にわかりやすく貼ればいいのに、そこは譲れないんだろうか。閑散とした庭園に大音量で音楽が流れていて、なんだか花博を思い出しました。何年か経ったとき、どんな味わいの施設になるんだろう(いい湯らていのゆるさは好きだよ!)。椅子がたくさんあってあらゆる場所でくつろげるし、カフェではすごく丁寧にコーヒーを淹れてくれるし、いいところですが。

ていうか新潟はオシャレだよねえ。

 

実家に滞在していると「家事を自分が主となってやらなくていい」状態なので、ようやく「読書でもするか」という気持ちが生まれてくるのである。そこで読んでいたのが、母が図書館から借りてきていた『暮しの手帖』と、「時間があったら読めるといいな」と思って自分の家から持って行った『明るい夜に出かけて』。 

暮しの手帖 4世紀77号

暮しの手帖 4世紀77号

 

潮田登久子さんって「すてきなあなたに」に書いてるんだ!っていうか今の「すてきなあなたに」って複数人で書いててどの記事を誰が書いたか書いてあるんだ!ということを今さらながら知った。

 

明るい夜に出かけて

明るい夜に出かけて

 

「読めるといいな」どころか、読み始めたら一気に読んだ。素晴らしい青春小説!ラジオ!アルコ&ピースのオールナイトニッポン!私は別にアルピーさんのラジオのリスナーではないけれど、読んでいて楽しかった。青春小説、というのは、主人公の富山くん(大学休学中、コンビニバイト)はある出来事から人と関わることを極端に避けているんだけど、才能はあるのである。そんな彼を引っ張り出してくれる仲間がいて、仲間との関わりを通して一歩を踏み出す…となればそれはもう青春以外の何物でもないのである。

ある出来事とは何なのかは、読み始めて割とすぐに明らかになるのだが。そういう出来事って誰にでもあるものなのでしょうかね。私は「あの出来事」に重ねて読みましたよ。あれですよあれあれ!学童の保護者会の役員をしていたら年度末に突然糾弾され、誤解は解けたものの腫れ物扱いという。

 

これこれ。

 

この時点ではこんなにお気楽だったのに…

 

「自分のやり方に良くない点もあった」というのは当然のことであるのだけど、自分を責めすぎてしまったり。あと「その件について語りたくない」様子がまるで自分を見ているようだった。

富山に才能があることより、おせっかいで気のいい友人永川がいることがうらやましい。なかなかいねーからな!ナガカーみてーなやつは!いねーから、私はそこに留まり続けることを選んで、今もそこにいるわけだけど。そして2年たった今思うのは、「あれ?あの時いた人たち、いなくなったな?」ということ。保護者の付き合いなんてそんなもんだ。そして私は、私なりに今の代の人に伝えられることを伝え続けているよ。

 

読み終えて思ったのは「自分が欲しいと思ったものは、自分で手に入れるしかないのかな」ということ。それは人間関係だけではなく、もっと人生のいろいろな部分で。この本がそれを言っているのかはわからないけど、自分と照らし合わせてそう思った。だから今は「手に入れてやるぞー!」という気持ちになっている。

 

対談バックナンバー | 波 -E magazine Nami-|Shincho LIVE!(新潮ライブ!)| 新潮社のデジタルコンテンツライブラリー

『波』に載ってた作者佐藤さんとアルピーさんの対談が面白くて、ずっと気になってたんですよ。「実際の放送がかなり盛り込まれた小説」について他ならぬ自身が語る、という!小説を読み終えてからまた読むと、さらに面白い。

世の中への怒りだよっ!

お久しぶりです。

前回四月に「三年生が終わった」記事を書いてから「四年生になって一ヶ月が終わった」とか「一学期が終わった」とか書きたかったけど忙しくて書けませんでした。

五月から息子が週一で他校での通級に行き始めたので付き添いと、学童の役員をやっているのと、自治会の班長プラス役員もやっているのと、あと4月から仕事も増やしたか。あと習い事の送迎に追われていたり。学童の役員は勝手知ったる役で大変ではなかったはずが、今年度はいろいろと揉めていて大変になってしまった。一段落したけど。その他も「大変なんです!」と周りにぶちまけて、なんとか落ち着いてきた感じだ。まだ大変だけどね。

 

そんな大変な中、とにかく「食べて、寝る」ことだけは淡々と行い、体に不調も出たりしながら感じ続けていたのは「世の中への怒り」だった。

それは「大変なんだから何とかしてよ!」ではなく、「ウチはこのやり方しかできないんだから、助けてくれないなら放っておいてくれよ!」って感じだな。

別に誰かから実際に口を出されることなんてあまりないし、出されたとしても「ウチの場合」なんて全く知りもしなかったりするんだけどさー。でも「あ、知りもしない話か」というところまで聞くのだって疲れるのよ。「知りもしない話だな」と認識した後だって、それを聞くことによって何かは削られていくよ。

 

まあ朝ドラ見たり、「やすらぎの郷」見たり、通級の後仕事に行くとき少しだけ時間に余裕があるので、好きな道を通ってみたり(ペーパードライバーだった私がねえ)とかしながら楽しくやってますけど。

ひよっこ」は今週の綿引さんの手紙の回以降、「やすらぎ」は八月に入ってからの録画をまだ見られてないんだけどさ…

綿引さん派すぎてドラマガイド買ったよ。

 

 

連続テレビ小説 ひよっこ Part2 (NHKドラマ・ガイド)

連続テレビ小説 ひよっこ Part2 (NHKドラマ・ガイド)

 

 

 

三年生が終わった

息子の話です。

いやもう四年生が始まってるんですけどね。四年生がどう転がるかわからないけど、書いておかないと「三年生が終わった時点の気持ち」を忘れてしまいそうなので。

 

昨年、三年生の五月に担任の先生から「授業中落ち着きがない」「ノートの字が汚い」と言われ、そこからいきなり「薬でよくなりますよ」と言われ。その後学級崩壊して、教室自体がまったく落ち着かない場所になるんですけど。

まー走り回りましたけど。ちょっと今系統立ててまとめる気力がないのと、どこまで事実通り書いていいものか決めかねているので、自分の気持ちだけ書きますけど。

 

まず思うのは「担任の先生の態度、あれは一種の暴力なんじゃないか?」ということ。

別に私だって自分が常に正しいなんて思っていないけど、例えば、

「何が理由なんですかね?」と、納得できる理由が出てくるまで質問攻めにする。

休日に連絡なしに家に来る。

ってどうなんでしょう。例えばね(実際はそれ以上のことがあったよ!)。

あと保護者会で「この子たちは将来社会に出たらやっていけない」と言うとか。「100%間違ったことではないのかもしれない(だいたい将来のことなんて誰も予想できないし)が、教師という立場でその発言がなされたときに、親という立場で受けるダメージがものすごい」んですよ。それが積み重なると、自分で判断する力が失われていくんですよ。学童の保護者仲間に「実は、先生に薬を勧められていて」と相談したとき彼女たちは即座に「それは先生が決めることじゃないよね」と言ってくれてとても救われたんだけど、そういう当たり前のことさえ人に言われないと自信が持てなくなるくらい追い詰められていくんですよ。

離れた今は「自分はそんなに間違ってもいなかったな」と思えるけど。そういう、ある意味暴力ともいえることを行なっていいのか?というのは今でも思っています。だから、こうしてブログに書いています。

 

あと、今思っているのは…「通級の先生と面談してきたが、どうして通級に対してネガティブなことばかり言うんだろう」ということですかね。いきなり「通級に通っていることをどのくらい隠しますか?」と、Max隠す場合の例などを話されて落ち込んでいます。実際ネガティブに考える人もいるのかもしれないけど、私がそのように考えていないことは冒頭から話しているのにあえて説明して無駄に落ち込ませるって、意味があるんだろうか。説明責任?

困ったときにその都度考えましょうよ(…と言ってるのに「一応」と、一通り聞かされる)。

 

息子の状況については「人より少し遅れてるというだけじゃないのかな」と思っていますが、その遅れは「その学年でできるべきこと」から外れたものではないと思っています。ただ「字を書くこと」については困難があるのかもしれないとは思っていますが、何ともいえない状態です。今は。

 

あと、前にも書いたけど「いろんな人に、必要に応じた詳しさで説明するのが本当に疲れる」ってことです。

流行りのサンシャイン - 見て見て!書いたよ!

新年度になったのでまたいろんな人に説明しなきゃいけないんだこれが。今のところ、通級の先生と、新しい担任の先生と、新しい上司ですけど。あと引き続き元夫と私の母(私だけじゃ対処しきれないので)、職場の同じチームのメンバー(通級で抜けるので引き継ぎなど)。もー誰にどこまで話したのか忘れちゃっていきなり詳しく話しちゃって「は?」とかなっちゃってますけど。あと先生などの教育関係者以外からは、たいていアドバイスがついてきます。それどうしても私に言いたいっていうのなら一応お聞きしますけど、私がその通りにすることまでは期待しないでくださいね。本人に言え!(…と直接言ってますが)

 

そんな感じの現在ですが。教育センターの先生から年度最後に言われた「毎日笑って生活できる。それで十分だと思うんですけどねえ」ということが、本当に支えになっています。大丈夫だ!それなら自信がある。

それが学習がからむと「でも…」と落ち込みがちになってしまうけど、それは仕方ないだろう。

今年度も走り回っていこうと思います。

『カルテット』の思い出

『カルテット』終わっちゃいましたね。

とても寂しいですが、最終回のあの、それぞれの思い出がフラッシュバックする熱演と、これからも何とかやっていけそうな4人を見ていると、終わることを受け入れざるを得ないですね。

上の子供が小3なので、我が家では「家族で揃ってテレビドラマを見る」という経験がまだ少なくて。『真田丸』から「ドラマを続けて見る」ということを始めて、『逃げ恥』で「ドラマの感想をあーだこーだ言い合う」ことの楽しさを知って、そしてようやく時は満ちたというか!『カルテット』が大変良くできたドラマだったおかげで、とても楽しい時間を過ごすことができました。というわけで「我が家の『カルテット』の思い出」を書きたいと思います。

 

そもそも私は熱心にドラマを見る人間ではなくて、映画だってそんなに見に行かないし、高橋一生のことなんて『カルテット』を見るまで知らなかったくらいだ。何で見始めたのか覚えていない。『逃げ恥』最終回で『カルテット』の予告が出たとき「なんだかよくわからないな」と思ったのは覚えているんだけど。

それが、ネットの評判だったと思うんだけど、でもその評判をどこで見たのか覚えていないんだけど、「『カルテット』が面白いらしい」と知って2話から見始めたのである。そして何だか気になって2話は2回繰り返して見たけど録画は消してしまったのである。そのときは「面白い!」とまでは思っていなかった気がするんだけど、とりあえず3話も録画して。そして、2話を見た時点で「これは流し見するようなドラマではないな」と思っていたので、平日にとりあえず1回見た後、週末の夜に子供達が寝た後じっくりと2回目、3回目を見るという生活をしていたのである。今思うと、この時点でハマっていたといえる。

ある週末の夜に4話をじっくり見ていたら偶然息子が起きてきて、何だか興味を持ったらしく一緒に見たいというので、見た。そしたら息子はさらに興味を持ったようで、次回以降も必ず録画してほしいと言った。4話は家森さんの話で、家森さんの息子はちょうどウチの息子と同年代だし(リコーダーを習うのは小3からなので多分同じ小3)、ウチも離婚家庭なので息子の興味を引く話であるのは当然なのである。息子なりに思うこともあったようで、我が家の離婚についても聞かれたので、私は自分の思うことを話した。ドラマの感想も話した。私の感想は「あんな小学3年生の子、そういないと思わない?」だ。息子は何も答えなかった。よくわからない、あるいは自分と違う考えであるときは軽く聞き流すということを覚えたように思った。それは良いことだと思った。だってさー息子の周りにも離婚家庭の子は多いけど、離婚家庭の子が自分から「離婚」というワードを口に出すことはまずないよ。しかも当事者である親に向かって。でもそのあたりはドラマなので別に気にならないのであった。そんなこと言い始めたらほかのシーンだって当事者からしたら「こんなものじゃない」と言えるのかもしれないし。

さておき、息子がハマったので、私も堂々と一緒に録画を何回も見てあーだこーだ言い合う毎日が始まった。クラスでも何人か見ている同級生(でも『逃げ恥』ほど多くはない印象)や、教室が荒れているので支援に入っている先生と語り合っていたらしい。キーワードは、初期においては「巻さんは夫さんを殺したと思う?」だ。楽しそう!私は会社ではそこまで周りと熱く語れなかったので羨ましい…。

堂々と見ていると6歳で年長の娘も一緒に見ることになるのだが、他のことをしていたりしてあまり画面は見ていない。でも見ていないようで見ていて、タオルマフラーを首に巻いて「巻さんのマフラー!」とか言い出すから面白い。そして『おとなの掟』は皆で歌う。車で出掛けるとき、ウチの車のオーディオは調子が悪いので冬は30分くらい起動しないのだが、ずっと『おとなの掟』を歌いながら行ったことがあった。歌うとき「出だしは巻さんの声を真似して」とか「『滅びの呪文』のところは怖そうに歌う?」とか「『手放してみたい〜』のところは力強く歌いたいね」とか言い合って。特に息子には「歌い方を考えながら歌うのは楽しいよね!学校の音楽も同じだよ!楽器も同じだよ!」ということを伝えたかった。音楽(特に楽器)に苦手意識があるもので。

あと感想を言い合うことで少しでも国語に役立たないかとかね…。あまり本好きじゃないもので。しかし、決してお勉強で見ているわけじゃないけど、このドラマの登場人物の気持ちを的確に説明できたら国語なんて100点じゃないだろうか(答えは一つではないが)。

あと「大人は時にウソをつくものである」ということがわかったようなので良かったかなと。『カルテット』の登場人物は皆ウソをつきますからね。

 

とにかく2017年の冬にふさわしいドラマでした。別府さんが「僕は皆さんの、ちゃんとしてないところが好きなんです。例え世界中から責められたとしても、僕は全力で皆さんを甘やかしますから」って言うの、良かったなぁ。どこまでも自己責任で、「ちゃんとした」ことが求められる今日において、なんと心強い言葉だろうか!

 最終回を見た後で「カルテットを見ていた」同士で話すときのキーワードは、「カルテット4人の中で誰派?」と「真紀さんは義父を殺したと思う?」だ。

私の答えは「真紀さん派!」「真紀さんは殺してない!」だ。

真紀さんの、どこまでも謎な感じがいいんだよなぁ。私は「こぼれたのかな」と真紀さんが言ったのは殺意のことで、実際に手を下してはいないと思う。でも、それにしてはすずめちゃんが深刻な顔で真紀さんを見返しているとは思う…。答えは一つではない。

 

あまり語られない苦労

あくまで、「私の周りでは、あまり語られない」苦労なんだけど。

 

子供の習い事の送迎が辛すぎます!

平日の夕方を週に1回と、土日の午前中なんですけど。

どちらも、昨年末から習い始めたんだけど、習い始めた当初は

平日の夕方は仕事後ダッシュで家に帰って息子を連れて習い事まで送り、娘を幼稚園(延長保育の終了間際)に迎えに行き、また習い事までダッシュで戻って息子と合流。家〜習い事、習い事〜幼稚園はそれぞれ車で20分くらい。ひたすら時間に追われながら運転している状態。

土日は、家から徒歩15分くらいの場所だけど、微妙に学区外で道中の交通量も多いので一緒に自転車または徒歩で送迎。

辛すぎました。しかも、複数の習い事の中から決めかねていたので、上記以外の場所にも見学に行ったりとか。しかもしかも、元々は元夫が「何か運動系の習い事をさせては?」ということで、私も息子にとって学校以外の居場所ができるのはいいことだと思ったから賛成したんだけど、元夫は平気でドタキャン・遅刻するんだこれが。私対元夫だけだったら、そんなのはさくっと無視するんだけど、間に息子がいるから話は単純ではない。息子にその習い事への興味を持ってほしいからと散々盛り上げておいた後でドタキャンされたら、そりゃさすがにかわいそうっていうんじゃないですかねえ。ということである程度引き受けて頑張ってしまいました。

今は習い事が確定したので調子が掴めてきたし、平日の習い事は送りをファミサポさんにお願いすることで多少楽になりました。土日はある程度一人でも行き帰りできるようになったし。元夫にも可能な限り登場してもらってますが、ドタキャン・遅刻の際はさくっと切り捨ててます。

 

で、で、でね、送迎してて思うのが、「みんな私よりも大変そうなのに、なんだか平気そうに送迎しているな?」っていうことなんです。

例えば選手系のコースの人で、週に何度も夜に遠くまで送迎とか。共働きなのに。その上さらに食事にも気を遣うとか。すごいなーーーと思いますね。

しかし私としては「平日の習い事の日は帰りに外食」としても釣り合わないくらい辛いんだよ!多分、単純に、やるべきことが多すぎるんだと思う。習い事以外の部分も一人でやってますんで。でも、自分と全く同じ状況の人はいないとしても、習い事の場で少しでも「辛い派」を見つけたい気持ち。